先ほどクリ子と家路に着く前にポストを見てみた。そしたらクリ子がOyumiche~n、素敵なプレゼントが届いてるよ~。きっとバースディーカードやわぁ~ってニコニコ顔で言う。そしてそれは母から届いた誕生日カードだった。ウィーンではまだ22日の夜の10時半だけど日本じゃ23日の朝方なのよねぇ~。グットタイミング!ちょうど私今頃産まれたんだわぁ~!お母さんありがとう!!
母の手で書かれた心のこもった素敵だけどまだ上手とは言えない絵手紙。そしてそれに添えられた手紙。駄目なのよねぇ~歳をとってくるとこういう手紙に弱いのよね。特に両親からたまに送られてくる手紙や励ましの手紙は必ず目を赤くしてしまう。歳をとるごとに親のありがたみと私達にかけてくれている莫大な愛情、どんなことがあっても私を温かく見守ってくれているという安心感。この愛情の絆は親と子にしかない特別な愛情だということを最近身にしみて感じている。小さい頃はなかなか厳しかった教育に家から逃げ出したくなったこともあった。そして親のありがたみなんてこれが当たり前だと思っていた。それがこうやってなかなか思うようには会えない距離の所に住むようになって親の心というものを感じるようになった。あまりまめだとは言えない私の両親。こっちから電話しないと忘れられたのかなぁ~って思うぐらいほっとかれるていることがある。だけどそれでも見えない両親の温かさ、ぬくもりを絶えず感じる。これって特別な絆だ。こうやって思えるようになったこの最近、いつか私も子供を産み、こういう絆が結べたら素敵だなぁ~と思う。きっと私もまた口やかましいから、子供にこのような気持ちになってもらえるまでには時間がかかるだろう。だけどやっぱり親と子は特別だよ!素敵だよ。そう教えてくれたのは私の両親だ。
きっと私を育てるのはそう簡単ではなかっただろう・・色んなことをすぐ悪い方に考えてしまう私の性格。心を閉ざすことも多々あった。その心の扉を開けるカギを渡してあげようとする両親、そうされると不器用な私は余計に心を閉ざしてしまった。私は昔から頑固だった。何もかも自分で解決策を見つけなくちゃ、自分がその問題に正面からぶつかっていかなくては打ち勝てない!という気持ちから人のアドバイスを聞き入れようとしなかった。親からしたら不器用で苦しんでる娘をみてどうにかしてやりたいと思っただろう。それなのにその心を娘はわかってくれない。いつも助けてやりたいと思う母の助け舟を跳ね除けていた。そんな時の親の心は今考えるとすごく哀しかっただろうし、どうしてやったらいいのか益々悩んだことだろう。だけど私、そのお陰で強くなったよ。私が両親に感謝するのは考える!ということ教えてくれたことだ。いつも親が答えを出したり、導いたりするのではなく私の両親は自分で物を考えて、自分なりの答えを出しなさいという教育だった。それは小さい頃の私達にとって時にはかえって大変だった。何もかも自分の責任おいて答えを出し、出したからには弱音を吐くな!と言ってるようなものだった。だけどそのお陰で私は色んなことを考えるようになった。その教育は私の今の行き方に随分反映されている。私の人生、色々あるしこれからも色んなことがあるだろう。よい事もあれば悪い事もいっぱいあるだろう。だけどこうやってその状況を見極めて考えるという力をつけてくれた両親に心から”ありがとう!”と言いたい。
誕生日は私の産まれた日でもあるけれど私が両親に産んでくれてありがとう!それから今まで育ててくれてありがとう!っていう感謝の日でもある。照れくさくて自分からわざわざ電話してありがとう!とは言えないけれど、心の中で毎年歳を重ねるごとに感謝の気持ちを心で唱えている。
さぁ~ウィーンではもうすぐ23日に変わる。なんやかんやいいながら祝ってもらいたいというのが女ごころ。明日の晩はクリ子とディナーを食べに行く。いい歳になってもどこかまだ子供心が消えない私。この週末は私の誕生日週末と題して3日間祝ってもらおっと!!ってまた勝手なことを考えてる私。また一つ歳をとっても成長しない私である・・・・・ トホホ。