Melkを散歩

ウィーンから車でおよそ一時間のところにメルクという街があります。大きな修道院があることで有名なのですが、ここを前回訪れたのはかれこれ10年ほど前。クリ子がまだ一度もメルクに行ったことがないというので、今回久しぶりにメルクまで足を延ばしてきました。

この街近くに来るとどこから見ても見えるのがこの修道院。私が前回、ここに来た時はちょうど修復をしていたので全貌を間近で見るのは、これが始めて。随分と綺麗になりました。

この修道院どれだけ大きいのか?というと、こんなにも長いんです。丘の上の高台に建っており、あまりにも大きいのでちょっとするとこの街がこの修道院に押しつぶされてしまいそうなぐらいの圧迫感があります。街自体はすごくこじんまりしていて昔ながらの風情がそこにはまだ残っています。

壁には何百年も前に描かれた絵がまだ鮮明に残っていて時代を感じさせてくれます。

ここは先週にいったクレムスからも近いのですが、ここにもやっぱり細い坂道が幾つもあり、その小道を歩くだけでも楽しい。

この家もとっても面白かった。メインストリートと小道のちょうど分岐点にあるのですが、家自体が変わった形をしている上に両端に塔がたっていてなんだかおとぎ話ででてきそうな家。

さてそろそろ修道院につながる階段を上って、修道院に行かなきゃ!

我が家のいつもの光景

我が家はかれこれ数年、パンを買ったことがありません。何故なら我が家にパン職人?がいるから。

天然酵母にはまってから、ずっと作り続けているクリ子のパン作り。2週間に一度のペースで大きなパンを焼いています。丸二日かけてパンを焼くので、出来立てのパンはフワフワでモチモチ。

今日も仕事から帰ってきたら、朝一番、仕事の前に生地の世話をして寝かしておいたパンの状態を見て早速パン作り。こんな日は出来立てのパンを食べたいらしく、晩御飯を用意しておく必要もなし。自分でパンが焼ける時間に合わせて(これが夜の12時頃なんですけど・・・トホホホホ)ソーセージやベーコンエッグ、オムレツやトマトにモッツェレラ、ある時はチーズフォンデュ。自分の今日食べたいものを用意して食べるクリ子。

そんな彼を見ながら、私はというと夜にパンは食べないので、(いや、そんな遅くに晩御飯を食べると太るので・・・)こんなおかずを作って先に頂きます。ひじきは日本で出されると食べるけれど、こっちでは好んで食べないクリ子。自分の分だけのひじきを炊いて、私は日本食。これが我が家の見慣れた食卓・・・。

想い

昨日の晴天から打って変わって今日は一日小雨が降るどんよりした天気。まるで心を表しているかのよう・・・・。

今日はクリ子と二人で小雨の降る中、二輪の赤いバラと蝋燭を持ってお墓参りをし、祈りを捧げてきました。一つは私達二人のもとから去っていった尊い命へ。そしてもう一つは日本に向けて・・・。

一度、心に大きな影を落としてしまうとそれは簡単には消えない。私達自身、昨年神様から与えられた試練というものを受けてから、ずっと精神的に悩み、自分達と戦っている。これはきっと10、20年、いやずっと苦しみ続けていくのだろう・・・。

日と共に外見、元気を取り戻し活き活きして生活してるように見え、もう大丈夫だろう・・・と傍からすると見えることも、実は心のどこかで影を落としたままだろう。でもずっと忘れず心に寄り添ってもらうことで、心に落とされた大きな影から少しずつ道筋が見えていくのだと思う。

私達が大きな試練を神様から与えられた時、大切な友達が私に送ってくれた一つのメールの一文が今でも忘れられない。

“神様は人に乗り越えられる試練しか与えない”

きっとその言葉は、今の私だけではなく辛い想いをされた日本の方々にも通じるのではないだろうか?今の私は自分の心に打ち勝つことに精一杯で、正直人の為に何ができるだろうか?どうしたらいいのだろうか?という心の余裕が情け無いことにない。

でも心を寄り添わせてだけはいつもいたい。自分がそうしてもらうことで救われるようにきっとその方々もそうだと思うから・・・。これから10、20年・・・。いや、ずっと・・・・・。