オーストリアに住んでいると私が考えている概念というものをアっという間に崩されてしまい驚いてしまう。この最近、土曜日は目まぐるしいぐらい忙しかった。何故ならばクリ子のお婆ちゃんが入院したからだ。通常、土曜日は昼過ぎまで仕事をしている。そして仕事の後にクリ子にひろってもらい一週間の食料の買出しに行く。そして家について急いで昼ご飯を作って食べ始まるのが15時過ぎぐらいだろうか?そしてその後、後片付けをしてまた急いでその時々の用事に出かける。そしてその後急いで今度はクリ子のお婆ちゃんの夕食が始まる前に病院にお婆ちゃんの顔を見に行く。そしてお婆ちゃんと1時間半ほど世間話などをしながらお婆ちゃんの様子を見る。
その間もお婆ちゃん~点滴の管短そうでなんだかつらそうだから、こうしてあげようかぁ~。お婆ちゃん~この薬飲んだ?飲んだんやったらこのおぼん、向こうに返してくるわぁ~などなど・・・この後も用事がつまっている私達にとっては(特に私が・・)土曜日は時計とのにらめっこだ。そんな私達がいきなり病院に飛び込んでくると世界がガラリと変ってしまい落ち込んでしまう。そしていつも元気でピチピチだったお婆ちゃんが寝たきりになっている。その姿を見ると夜に入っている用事も断りたくなるほど気が滅入ってしまう。どうしても私の実のおじいちゃんやお婆ちゃんの闘病生活を思い出してしまうのだ。あ~うちの実家が一段落ついたら今度はZ家にやってきたかぁ~なんてこの二週間は本当に気がしんどかった。
それがどっこい。腰を悪くし救急で運ばれ色んな病院をたらい回しにされ、寝たきりになっていたお婆ちゃん、どこが悪いか原因を突き止めたらしく、先週の火曜日に手術が行われたと思ったらその3日後には退院さされていた。83歳のお婆ちゃん、腰の骨が弱っていた為、そこにバイパスみたいなものを通した。手術後、お医者さんは2,3日安静にして手術したところを固定してください。そして3日後に大丈夫なら退院できます~とのことだった。ウソだ~そんな大した手術じゃないとしても83歳のお年寄りの手術をして3日後に家に帰すなんて~なんて思っていたのだが、本当にお婆ちゃんは3日後に退院してき、その日からまた一人で住んでいる。
私の頭の中は不思議だらけだ。83歳の一人住まいの女性を手術後、3日で家に帰すのもなんだけど、またお婆ちゃんもお婆ちゃんでその後、自分の家で一人で住んでいるというではないか。そこにヘルパーさんが来るわけでもなく、クリ子のお母さんが一日に一回は様子を見に行き、寝る前には電話をするにしてもおトイレも食事もお風呂もすべてお婆ちゃんが自分で一人でやっているというから驚きだ。日本じゃ考えられない!83歳の老人を手術し三日後に退院させ、そしてその後その老人は一人で一軒家に住み、誰の手助けもなく生活しているというのだ。私なら心配でたまらんよ。それに私が先週まで心配していたあれは何??てな感じだ。クリ子の家族はみんな来週にもなればまたピンピンとしてうちの家にもお茶でも飲みにくるんじゃない??ってな感じだ。そんなにあのお婆ちゃんはしっかりしているのか?そしてそんなに回復が早いのか??でも誰もかしこもあまり心配していない上に、皆、すごくポジティフに考えている。私だけが大袈裟に心配しているようで馬鹿らしくなってきた。きっとお婆ちゃんは家族が思っているようにまたピンピンと元気になるだろう・・・・
それにしてもお婆ちゃんの体力、精神面、すべてにおいて脱帽だ。なんであそこまでしっかりしているのだ?!これはオーストリアでは普通なのか?ここでは何が普通で何が普通でないのかが私にはわからない。自分が思っている常識や概念が生活している間にボロボロボロ~と崩れ去るのをこの最近よく感じる。人の常識や概念なんてそれこそ生まれ育った場所場所によって違うのだろう・・・
あ!それで思い出したが、今日、腑と晩にお風呂場の湯船を見ると傘が開けて置いてあった。思わずこれはクリ子のしわざだと思い、クリ子に即座に”雨が降って傘を使ったんはわかるけど、なんでその傘がお風呂場の湯船の中にさしてあるん?今日、お風呂場きれいにピカピカに磨いたばっかりねんけど・・”と言うと、”え~なんであかんの?じゃぁ~濡れた傘はどこに干すの?””いや~玄関先とかいろんなところあるやん。それやのになんで湯船の中なん?あれには意味があるん??””え~うちのお母さんがそうしてたから・・雨で濡れた傘はお風呂場の湯船の中で乾かしてたから・・・”これを聞いてびっくりしたのはいう間でもない。これはZ家だけなのか?それともオーストリアではこれが普通なのか?
この最近、自分の中にある常識というものがあやふやになってきている・・・ 人の考える基準とはなんとやら??